1人が本棚に入れています
本棚に追加
一人、人間が死んだ。
俺のお得意の広い視野で見れば、そう言える。
毎朝リビングで朝食にがっつきながら見る、ニュースのアナウンサーみたいに。
だけど、今日ばかりは…………言える訳がない。
少なくとも横にいる自分の弟になど。
「ねえ、兄ちゃん」
「どうした?」
自分は顔を少し弟の方に傾けたが、目だけは父の遺影から放せなかった。
「兄ちゃんは父ちゃんが死んじゃって悲しい?」
「………全然」
無論、強がりだった。
泣くほどではないが、とても悲しい。
という言葉も嘘だ。
本当なら、もしこの場に誰もいないなら泣き叫びたいぐらいだった。
それだけ、自分は………。
「泣いてるの?」
「泣いてねえよ、バカ。こっち見んな」
俺は服の袖で目をこすった後に、弟の頭を掴んで無理矢理角度を前に向けた。
〈弟にカッコ悪い所を見られる訳にはいかない〉などという、昔に芽生えたプライドを自分はまだ捨てきれずにいるみたいだった。
2ヶ月程前、中学2年生になったが成長したのは体だけらしい。
「ねえ、兄ちゃん」
「どうした?」
「あの人、さっきからうるさい」
そう言って弟は坊さんを指さしたので、自分は吹き出しそうになってしまった。
「あの人は仕事なんだよ、あれが」
「でも、ぶつぶつ言って気持ち悪い。父ちゃんも聞きたくないよ、きっと」
「え?」
そうなんだろうか。
ふと何かを感じて、俺は疑問の言葉を口に出した。
当然、弟は何も答えなかった。
確かに父は、葬式の時はデスメタルでも流してくれやあ、なんて言ってて、一番嫌いなのはお経と、胸をはって寺で言ったような人だが、死んでからも気は変わっていないのだろうか。
わからないし、知りたくもなかった。
死者の気持ちなんて。
でも会いたいとも思った。
改めて自分は父の遺影を見つめる。
にんまり笑った父の写真。
「父さん………」
ある雨の日だった。
台風でも来るんじゃないかというぐらい強い風が、家のドアや窓を引っ掻き回してキーキーと音を立てていた。
少し窓から外を眺めた後、カーテンを閉めてから、いつものように意味もなくベッドに寝転がる。
外の騒音をはねのけて、耳につけたイヤホンから心地いい(?)ロック系の音楽が流れていた。
ああ、いい気分。
なんて、感傷に浸っていたら、リビングの電話が鳴っている事に気がついた。
最初のコメントを投稿しよう!