夜中の1時に

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夜中の1時  少し離れた目の前の道路を、スーツを着たサラリーマンの男の人が通り過ぎる。  40代ぐらい、かな。奥さんと子供が…2人。上は大学生で下は高校生。夫婦仲は良く、仕事も順調。金曜の夜だから、残業してた。土日は家族旅行にでも行くのかな。  なんて、左手に持った煙草で紫煙を吐きながら想像を廻らす。内容も知らない軽快な洋楽が両耳を覆っている。  2階建てアパートの駐車場、一番隅の花壇の淵。ここで煙草を吸う事は、今後の習慣になるだろう。期待しなくても、確実にそうなる予感がしているのだ。  ちらりと見た携帯電話の画面は3/1を示していた。 今月、私は高校を卒業する―――  千尋は目を瞑り、空を仰ぐ。  平平凡凡とした高校生活だった。そこそこの進学校で、科目によってバラつきはあるものの総合成績では中の上。程々には皆と仲良く、よく放課後には繁華街に繰り出して遊んだものだ。彼氏こそ作らなかったが、告白されたことも何度かある。  楽しかった。その一言で表されるような、普通の学園生活。何の不満もないのに、どこか虚しさを感じさせる時がある。  中学3年の時受験のストレスで始めた煙草は、今は虚しさを埋めるために吸っているみたいだった。  それでも、埋められない。  きっとこれからも、この感覚は自分に付きまとうのだろう。  聞いていた曲が終わり顔はそのままに目だけを開けると、ふと何かが動くのが視界に入ってぱっと顔を正面に向けた。スーツを着た男の人だ。向かって来ている事から、たぶんこのアパートの住人だろう。  年は…20代前半ってとこだな。歩く姿がさまになってるから、もしかしたら営業とかの人かも。奇麗なカッコいい彼女がいそうだ。  じっと見ながらいつものように考えていると、相手もこちらに気付いたのか、目が合いそうになってわずかに視線をずらす。が、男の人がどんどん近付いてくる事にたまらず目を向けた。  うわっ…ぉう。  ばっちり目が合い、気まずくなって座っている場所を横にずらす。無視しちゃってください、の意味を込めてだ。だが相手はそれを読み取れなかったらしい。 「君…夜遅くに女の子が外にいるのは危ないよ。」
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