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男くささのない整った顔立ちの男の人の声は、透き通るようなテノールだった。この人相当モテそうだな、と思いつつイヤホンを外す。音量は小さいので付けていても声は聞こえるのだが、人と話す時に付けたままでいる程非常識ではない。
「早く家に帰りなさい。」
余程正義感の強い人なのかもしれない。普通の人は、明らかに未成年が夜中に煙草を吸っているのを見たら無視するだけだろう。けど、そう注意される事は嫌ではない。相手が自分のために言ってくれているのが分かるから。
「これ、吸い終わったら帰りまーす。」
素直に応じた事が意外だったのか、男の人は少し戸惑った様子でさらに質問してくる。
「…君、家はどこなの?」
「んー?ここです。」
これには納得がいかなかったらしい。眉間にかすかにしわが寄る。ここに住んでるなら、家で吸えばいいじゃないか、なんて考えている事が丸分りだ。
「なら…。」
「家、親いるし。」
それに、外で夜空を眺めながら吸うのが好きなんだよ。と心で付け足す。
「……部屋は?」
「内緒。」
アパートのどこの部屋なのかを聞きたかったらしい。即答した返事に、いささか面喰ったようだ。戸惑った顔に、もっと困らせたいような感情が湧く。
たまに、と言うか1人で煙草を吸っている時なんか特に、こんな意地悪な面がのぞく。親や学校の友達といる時なんかはそうじゃない。明るくて優しい、面白い人だと、よく言われる。
男の人は、はぁっと大きな溜め息をついた。
「…しょうがない。……君、私の部屋で吸いなさい。外に1人でいるよりはいいだろう。それに、まだ夜は冷える。」
………え?
彼は、相当のお人好しなのか。知らない人間に、家に入れとは。
「……知らないオジサンについて行っちゃダメですよぉ…ってガッコで習いましたけど。」
「お、おじさん…。……私はアパートの住人だよ。101号室。少なくとも、知らないおじさんではない訳だ。…それで、どうする?」
101って事は、アパート1階の端…目の前の扉だ。ちなみに千尋の部屋は102。つまりはお隣さん、という事になる。
なるほど。だから私の目の前まで歩いてきたんだ。
自己完結して(声に出してはいないので、ただぼぉっとしているように見えたんだろう)何も言わない事にじれたのか、更に答えを求めてくる。
「おい、」
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