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ふと視界の端に違和感を覚え、高速回転していた足が止まった。
道に面した古い小さな一軒家の軒下に、こちら側にはみ出すようにして紫陽花が咲き誇っている。
なんだよ、ただの花か。
身体を軌道修正しながらも胸に残る違和感は消えず、首を捻りながらもう一度振り返る。
小ぶりではあるものの人を惹きつけるような美しい花。
やはりそこには紫陽花が咲いていて、土砂降りの雨の中でも凛と面を上げていた。
ーー鮮やかな緑色の花弁を揺らしながら。
「みどり色……」
違和感の原因はこれだったのか。紫陽花について詳しい訳ではないが、青や紫というのが一般的な紫陽花の色だろう。
薄く緑がかって見える白い花弁ならたまに見かけるが、こんな葉っぱみたいな緑の紫陽花なんて見たことも聞いたこともない。
いや今実際目にしているのだが。
季節を愛でる心など欠片も持ち合わせていない。
しかし何故かその紫陽花にはえもいわれぬ美しさを感じ、もう一歩、二歩、そちらへと近付いた、その時。
「……ねぇ」
後ろから不意に聞こえた、か細く空気を震わせるような声に振り返る。
ふわりとカールさせた髪に透き通るような肌。
深い水底のような瞳の少女が裾の広がった白いワンピースを身につけ、丸いフォルムの可愛らしい傘をさして立っていた。
「ひとり言、大きいのね」
そう言うと、肩を揺らしてふふ、と笑う。
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