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「痛てッ!」
バシンと右手を叩かれ、反動で左手に持っていた傘を地面に落とした。
大粒の雨が容赦なく痛いほどの勢いで身体を濡らしていく。
慌てて傘を拾いながら突如右手を叩いてきた奴を振り向きざまに睨みつけ、半ば怒鳴るようにして声を張り上げる。
「おい!何すんだ……って、ユズルじゃん」
肩で息をしながらそこに立っていたのは、近所に住む幼馴染だった。
呆れたような視線をこちらに送りながら、負けじと怒鳴るような大声でまくしたててくる。
「お前なぁ!何すんだとは何だよ、たった今そこに咲いてる花喰おうとしてた奴にだけは言われたくねぇよ」
「……は?」
俺が、紫陽花を喰おうとしてた?
振り返るとさっきまで少女が立っていた場所には誰もおらず、
彼女がさしていた傘だけが、ぽつんと雨から紫陽花を隠すようにして立てかけてあった。
ザアァ……という雨の音がその傘の存在までも奪っていきそうなほど、それはすっかりと周りの風景に馴染んでいる。
「お前……ここに、女の子が居なかったか?」
「えぇ?もっと大っきい声で話せよ、雨の音がうるさくて聞こえねぇ!」
言われてからはたと気づく。
そうだ、雨がバラバラと傘や地面を叩きつける音で自分の舌打ちでさえかき消されるのに、こんな呟くような声が相手に聞こえるはずがない。
ましてや、あんなか細く震えるような少女の笑い声や囁きが、俺の耳に届くはずがないのだ。
ーー普通ならば。
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