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何も言わない俺を見てただならぬ空気を察したのか、ユズルは響く雨音にも負けずわざとらしく明るい声を出した。
「でもよ、まさかお前がそこまで野生児だとは思わなかったな!
紫陽花なんか喰ったら死んじまうぞ、毒があるって知らなかったのか?」
「なんだって?」
ぞくりと鳥肌が立つ。急激に周りの温度が下がった気がしたのは、恐らく雨に濡れたせいではないだろう。
「だぁーから、紫陽花には毒があるんだって!それをなぁ、道端でむしゃむしゃ喰おうとする奴がいるか普通?
……お。雨、小ぶりになったな」
あんなに酷かった土砂降りの雨はまるでスイッチでも切り替えたかのようにすっと小雨になり、二人で黙って空を見上げているうちに溶け消えていった。
「なぁ、ユズル……」
「うん?」
「この紫陽花、綺麗だよな」
「あー、まぁ……でもこれ、病気だ」
ユズルは傘を畳みながら緑色の紫陽花を一瞥すると、興味がなさそうにこちらへ視線を戻す。
「病気なのか?てか、お前やたら詳しいな」
「お前な……俺ん家が花屋だってこと、忘れてんのか。
まぁいいや、こいつは病気だよ。一時期新種かって騒がれたらしいけど、まだ治療法のない植物の病気だ。いずれ枯れちまう」
「そうか……」
……そう、か。
「それにこいつは感染力が強いから、さっさと抜いて燃やさないと……っておい、聞いてんのか?」
しゃがみ込んで自分の傘を地面に置く。
その瞬間、緑色の花弁が怯えるように震えた気がした。
『ねぇ、触って……認めてよ』
彼女が置いて行った傘を静かに退け、丸い緑の花をそっと両手で包み込み、彼女にだけ聞こえるような小さな声で囁く。
「キミは綺麗だよ。誰よりも美しく咲く立派な紫陽花だ。
季節を愛でる心のない俺でも、認める」
その言葉を聞いてか聞かずか、花弁の先で震えていた雨粒がひとつ、つ……と俺の手を伝って、
静かに地面へと吸い込まれていった。
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