五里霧中の断片・曖昧模糊の自覚

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「……せ」 「え?」 「――放せッ!」 獣じみた叫び声を上げると、自由の利かない腕を無理やりに動かした。 凄まじい力で突き飛ばす。 最早、右手の痛みはどうでも良かった。 人ひとり程度しか通れない路地裏。 それの向かい側に存在する壁に、男の背中がぶつかる。 けれど、引き剥がしたと言ってもそれほど距離が空いている訳ではなかった。 両者の間に、僅かな隙間が出来ただけだ。 その証拠に、左手を鷲掴みにしていた手は離れたが、右腕を捕らえているものは放れていない。 それに、ますます募る嫌悪感。 必死に逃れようと振り回すが、それも意味を成さなかった。 半ば引き摺るように足を動かす。 刹那、足先に何かが触れた。 それに気づくと同時に、体が傾ぐ。 地面に激突する衝撃に反射的に目を閉じた。 背に受ける硬い質感。 咄嗟に体を起こそうとするが、それは叶わなかった。 瞼を開けて目の前を確認する。 そこには――“男”が、いた。 いきなりのことで気が動転する。 悲鳴が、喉の奥から競り上がってきた。 けれど、どうにも引き攣って声が出ない。 なぜ、コレが僕の上に覆い被さっている?  (お前が倒れたからだ、そうだろう?) なぜ、僕はこの状態を許している?  (本当に嫌悪しているのなら、すぐに引き剥がすべきだ。そうだろう?) それじゃあ、それをしない僕は―― (それすらも出来ない、お前は――) 『これじゃあ、まるで■■だな。なぁ、お前もそう思うだろ?』
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