夢境と狂気の狭間

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その時、視界の端に赤黒い物体が入り込んだ。 ――排水溝のみぞに挟まった、小さな塊。 その正体に気づくと同時に、濡れた手で口元を覆う。 込み上げてくる吐き気にも似た気分の悪さに、目を瞑る。 溜息とも取れない、感情を押し殺した吐息を吐いた。 鼓膜に響き続けるものは、流れ続ける水音のみ。 一瞬の静寂の後、目を見開くと蛇口を閉める。 そのまま、何事もなかったかのように、頭の片隅に追いやった。 盆に水の入ったコップと、錠剤をのせてリビングへと向かう。 テレビに映るキャスターは、絶え間なく同じ内容を反芻していた。 それに思考を引っ張られながら、ブラウン管の前を通り過ぎる。 ソファの前のテーブルに盆を置くと、屈み込んで母の様子を窺った。 萎れた生花のように、ぐったりと背凭れに寄り掛かっている。 青白い左手首には、漂白された包帯が巻かれていた。 それに表情を歪めて、指先で触れる。 すると、気配に気づいたのか。 薄らと瞳を開けて、儚げな笑みを浮かべた。 細い枯れ枝のような指が、頬に触れる。 滑らかに撫ぜて、目元を掠めた。 心底、愛おしそうに。 まるで舌で舐め回すようだ、と。 そう錯覚を抱いてしまいそうになるほど、入念に。 その様は、存在を確かめているようにも感じられた。
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