185人が本棚に入れています
本棚に追加
/169ページ
その時、視界の端に赤黒い物体が入り込んだ。
――排水溝のみぞに挟まった、小さな塊。
その正体に気づくと同時に、濡れた手で口元を覆う。
込み上げてくる吐き気にも似た気分の悪さに、目を瞑る。
溜息とも取れない、感情を押し殺した吐息を吐いた。
鼓膜に響き続けるものは、流れ続ける水音のみ。
一瞬の静寂の後、目を見開くと蛇口を閉める。
そのまま、何事もなかったかのように、頭の片隅に追いやった。
盆に水の入ったコップと、錠剤をのせてリビングへと向かう。
テレビに映るキャスターは、絶え間なく同じ内容を反芻していた。
それに思考を引っ張られながら、ブラウン管の前を通り過ぎる。
ソファの前のテーブルに盆を置くと、屈み込んで母の様子を窺った。
萎れた生花のように、ぐったりと背凭れに寄り掛かっている。
青白い左手首には、漂白された包帯が巻かれていた。
それに表情を歪めて、指先で触れる。
すると、気配に気づいたのか。
薄らと瞳を開けて、儚げな笑みを浮かべた。
細い枯れ枝のような指が、頬に触れる。
滑らかに撫ぜて、目元を掠めた。
心底、愛おしそうに。
まるで舌で舐め回すようだ、と。
そう錯覚を抱いてしまいそうになるほど、入念に。
その様は、存在を確かめているようにも感じられた。
最初のコメントを投稿しよう!