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「ごめんくださ――ああ、良かったここで合ってた」
何処か安堵したように息を吐き出した人物は、近い昔に一度目にしている。
あの雨が降りしきる、路地裏で。
その顔に刻んだ柔和な笑みに、僕は然程表情を変えなかった。
今のこの状況が、理解出来なかったからだ。
確かに、僕はあの時、この男を殺した筈だ。
殺さなければならないと、そう思ったのだから。
だから、殺した筈なのだ。
なのに、なぜ――?
浮かんだ疑問に、僕は笑い出したくなった。
可笑しすぎるのだ、何もかも。
死んだ人間は生き返らない、絶対に。
両の足で歩いたりしないし、言葉を話すこともない。
死んだら、何も残らないのだ。
だったら、目の前のこの男は、至極当然生きている。
おかしいのは眼前に居るコレではない。
――僕の方だ。
「何か、御用でしょうか?」
口角が自然と緩むのを感じながら、問う。
本当なら、今すぐここで笑い出したかった。
馬鹿らしい、下らない、と。
他人に向ける嘲笑ではない。
他の誰でもない、僕自身に。
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