慮外千万の共演・荒唐無稽の平常

4/18
185人が本棚に入れています
本棚に追加
/169ページ
「ごめんくださ――ああ、良かったここで合ってた」 何処か安堵したように息を吐き出した人物は、近い昔に一度目にしている。 あの雨が降りしきる、路地裏で。 その顔に刻んだ柔和な笑みに、僕は然程表情を変えなかった。 今のこの状況が、理解出来なかったからだ。 確かに、僕はあの時、この男を殺した筈だ。 殺さなければならないと、そう思ったのだから。 だから、殺した筈なのだ。 なのに、なぜ――? 浮かんだ疑問に、僕は笑い出したくなった。 可笑しすぎるのだ、何もかも。 死んだ人間は生き返らない、絶対に。 両の足で歩いたりしないし、言葉を話すこともない。 死んだら、何も残らないのだ。 だったら、目の前のこの男は、至極当然生きている。 おかしいのは眼前に居るコレではない。 ――僕の方だ。 「何か、御用でしょうか?」 口角が自然と緩むのを感じながら、問う。 本当なら、今すぐここで笑い出したかった。 馬鹿らしい、下らない、と。 他人に向ける嘲笑ではない。 他の誰でもない、僕自身に。
/169ページ

最初のコメントを投稿しよう!