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「よお赤龍。やっと見つけたぜ。罷千野組のアジト! 今日中に出来たぜ! すごいだろ! ほめてくれよ! ……って、おりゃ? こりゃどう言うことかな?」
芝犬を連れた陽気な役人、走狗が駆け付けた時はその状況だった。事の次第は老夫婦が説明した。
「なるほどねえ。架空の借金請求か。ほんとよくある話……。そりゃ間違い無く罷千野組の頭、罷千野萬城だな。あいつは悪どい金貸し業を営みつつ金銭による力を伸ばしてきたからな。その莫大な資産で奴は多くの代官を買収してきたのが解った。こりゃすごいスキャンダルだぜ」
「じゃあ、この町も……」
烏酉が走狗に訪ねる。彼女は正直な所、否定してほしかった。この町を治める者が、あんな男の思い通りになっていると思うと、身の毛もよだつ。しかし、まるで末期癌を患った患者の余命宣告をする医師の様に、走狗は重い口をあけた。絶望を、目を背けたくなるような現実を言う。
「言わずもがなだ。代官が奴に買収された。この町は実質、奴が握ってる」
「よくある話だな」
赤龍が嗤いながら言った。もう赤龍は知っている。三年前に、嫌と言うほどそれを体験した。本当にこの世界は、救い様がない位に破綻している。
「それで、奴等は何処を塒にしている?」
「代官の館だ。まさか幕府も身内に辻斬りをかくまっている奴がいるとは思わなかったんだろうな」
苦々しい表情で走狗は言った。赤龍は無言で踵(きびす)を返し、その場を去ろうとする。その背中に、走狗は警告の言葉を贈った。
「行くのか? 気をつけろよ。萬城が雇った侍の中で一人、この辻斬りの犯人がいる。鬼の紋章の入ったカサで顔を隠した男だ。『鬼ガサ』と呼ばれている。辺境では名の知れた辻斬りだ」
赤龍の返事が返ってくる前に、突然烏酉がその場から逃走した。
「何だ? あの娘?」
走狗は解らなかったが赤龍には烏酉から只ならぬ雰囲気を感じ取った。黒く歪み沸々とした感情、憎悪の念だ。
「何も持たないで……死ぬぞ」
いつもの様に呟いて赤龍は烏酉の方に駆けて行く。
「おいどう言うことだよ?」
走狗が赤龍の呟きに気付いた時にはもう二人とも見えなくなっていた。
「役人様、大丈夫でしょうか?」
「うん、うん。臭うね従狛。ヤバい臭いがするぜ。厄介な事にならなきゃいいがな」
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