其の一角 泣いた紅鬼

11/21
前へ
/21ページ
次へ
*** *** 「御代官様。貴方の力を借りとう御座います」 萬城が地の関西弁ではない仕事(ビジネス)モードで話した。話し相手は勿論、代官である。代官は上座から萬城を見下していた。 「うむ。して、見返りは」 萬城は見返りとして小判弐〇〇両を渡した。代官は口元を歪め小さく不気味に笑う。 「主も悪よの~。きひひひひ!」 よくいる悪代官タイプなのだろう。金ですぐに動く。合法だろうがそうで無かろうが。黒い欲の塊の様な人間だ。 「いえいえ、御代官様程では。それよりも、出来ればお代官様の力で一人の侍を捕らえてほしいので御座います。白っぽい髪の頭の男で御座います。何卒、御代官様のお力で……」 「そう焦るな。すぐに手配する。」 生理的に不快な笑みを浮かべながら、代官が言った。萬城は心の中で高笑いしていた。いずれは自分の膨れ上がった資産で、日本そのものを我が物にすると言う膨大な計画を立てていた。途方もない非現実的な計画だが、彼をバックにしている辺境の代官は既に拾を超えていた。その事実は彼の胸に、非現実で途方もない夢を、夢ではなく思わせるのに十分な力を持っていた。 そんな時、二人だけの静寂の間の(ふすま)がゆっくりと開いた。出てきたのは大柄の体に、大きな剣を背負った侍だ。首に巻いた布と(かさ)でよく顔は見えない。笠には赤い鬼と炎の紋章が付いている。笠の下から見える眼は濁った泥の様に歪んだ光を湛えている。 「何だ? そ奴は?」 代官は見慣れない侍の出現に驚く。 「御安心下さい代官様。私めが雇いました辺境でも名の知れた侍です。鬼笠。お前も代官様にご挨拶なさい」 一瞬、悪代官が鬼笠に指図をしようとした瞬間、刀が代官目がけて飛んで来た。代官は何も言えずに喉に刀が突き刺さり絶命した。 「な? 何をしてるんや! 鬼笠!」 とっさの予想外の事態に地の関西弁を露にして萬城が混乱している。鬼笠の男は、呪詛(じゅそ)の様にブツブツと喋る。彼の眼には自分の雇い主は見えていない。その身に宿るのはただ一つ――狂気だけだ。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加