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赤龍は誰よりも憎んでいた。自分自身を殺したいくらい憎んでいた。彼女を守るために剣の道を極めたと言うのに、何よりも無力。何よりも無能。誰よりも弱者。目の前で大事な人を殺されて、悟った。理を理解した。真理を知った。侍には何も守る事が出来ないと。だから殺す事でしか……仇を討つ事しか出来ない。誰かを守ることなんか出来ない。
「なのに、どうやら俺はその娘を守りたかった様だ。だからだろうな。今度は……お前を殺したくて仕方がない!」
腰に差していた刀を抜き、赤龍は鬼笠の男に向ける。初めて赤龍の瞳が鬼笠を捉える。目の前の少女をこんな無惨に殺した男。未だ恐らく壱拾五年ぐらいしか生きていないだろう。未だ、やりたかった事があるだろう。未だ、幸せな未来があっただろう。ここで殺されなければ……未だ未だ未だ未だ未だ未だ未だ未だ未だ未だまだまだまだまだまだまだ…………。
「まままままままっままた現れたな! 私と姫を殺しにきったおっおおお鬼が! おおおおおおにいいいいいがああああああ!」
剥き出しの狂気が赤龍に襲いかかる。チェーンソーを降り被って、鬼笠の男は赤龍を殺しにかかる。最早自身が何をやっているのかも解らない様な眼だ。自身の妄想に囚われた者の眼だ。そんな鬼笠の男の狂気がジリジリと痛いくらいに感じられた。
「心地いいな。そうだよ。これだ。これが侍だ!」
そんな中、赤龍は笑みを浮かべた。自身の憎悪と鬼笠の男の狂気が心地いい。この、常人なら気配だけで不快感を訴えるであろう空間。これが斬り合いだ。これが侍だ。だからこそ彼は本気を出せる。
「龍王刀……」
静かに赤龍は呟いた。その身に宿る力の名を。参年前のあの日、あの場所で彼女の死を目の当たりにした時から身に付いた力。この世界を無視するような、理を崩すような、神を殺すようなそんな異形な力。その力を持って赤龍は『龍角』の異名を手に入れた。
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