其の一角 泣いた紅鬼

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もう一人は若い侍だった。上下紺色の旅装束、腰に短刀と太刀の二本の刀を帯刀している青年だ。そして、その青年の最も目を引く点は、髪と眼の色である。髪は(まげ)を結っていない散切り、すっかり色素が抜けた灰色。鋭い切れ長の眼には紅い瞳が宿っていた。 「………………」 青年は無表情に掲示板とその前に作られた人混みを見ると、無言で人の少ない通りに入って行く。そこには、黒い羽織を身に纏った役人らしき人物が立っていた。身に纏った物は明らかに幕府の役人の物だが、だらしなく着崩し、そり残した顎髭がよりだらしなく見える。役人らしき男は、柴犬に餌を与えていた。 「よお、お上からの命令が来たぜ」 青年は黙ったまま男を見ている。男はやれやれ、と言う様なそぶりで両手をあげて首を振る。 「相変わらず何考えてっか分かんないな。国お抱えの辻斬り狩りだってのに。そうだろ、龍角?」 青年の名は竜童赤龍(りゅうどうせきたつ)。幕府に仕える辻斬り狩りである。辻斬り狩りとはその名の通り辻斬りを狩ることを目的とした侍たちだ。赤龍はその中でも珍しく幕府に腕を認められ、仕えることになった。 壱年前のことである。『龍角』と言う異名と力を手にしても、彼は望みを叶えられなかった。幕府に仕えることでその望みに近づける気がした。そこでこの羽織袴の男、太刀雲走狗(たちぐもそうく)に出会った。彼はこう見えて列記(れっき)とした役人であると同時に赤龍の情報源である。
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