其の一角 泣いた紅鬼

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一泊するのに丁度良い宿を見つけた。小さな民宿だが、別にこれと言って楽しみが無い赤龍には屋根が有るだけで良かった。入口で宿を切り盛りしている老夫婦が出迎えてくれた。腰の刀を見た時、一瞬表情が曇った。仕方のない事だ。人間、自身より立場的に強い物を恐れる。実際この町では刀を持った者に、即ち侍に参拾人もの人が斬られているのだ。 「何も無いとこですが、どうぞ(くつろ)いでいってください」 柔らかく微笑み、この言葉を言っただけ、この老夫婦は立派なものだ。このご時世、侍は畏怖の対象である。中には怖がって、侍が来た途端店をしまう所もあるだろう。赤龍はチラリと老夫婦を見たが、何も言わなかった。部屋に着くが結局何もすることが無い。静かに目を閉じると睡魔が脳を包みこむのを感じる。何日ぶりかの仮眠に入る。 ・・・・・・  美しい黒い髪の女性が微笑みかけてくる。赤龍は彼女に微笑み返し、そっと顔に触れようとする。しかし、次の瞬間彼女は地面に仰向けに倒れた。大きな十字傷を胸に刻んで。その指が素肌に触れないまま。そして……そして…………そして……………… 。 ・・・・・・  目が覚めた。すでに弐刻経っている。寝醒めの状態で顔を上げると、見ず知らずの少女が自分の刀を持っていた。前髪が長く顔の右半分が隠れている。小さい顔と大きな瞳から壱拾五位に見える。憎悪のこもった眼で瓦版を見ていた少女だ。しかし、赤龍は彼女と全く面識がない。赤龍から見れば、自身の刀を盗りに来た泥棒にしか見えない。その少女は、無言で赤龍の刀を手に取り部屋に出ようとした。赤龍も無言で、少女の手をつかみ自分の刀を取り戻す。その瞬間少女の口が開き、初めて赤龍に向けて言葉が発せられた。 「離せよ! これは有っちゃいけないんだ!」 その言葉と少女の表情から、赤龍は彼女がただの泥棒ではない事を察した。
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