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「いいか、よく聞け・・・こいつは俺達の工場の顧客でよ、金はたんまりと持ってるんだ。俺、かみさんにガキができちまってよ、金がいるんだ。」 「そんなことで・・・」 靴が深く突っ込まれ、義人は黙った。そんなことで、人を殺すのか。生まれ出づる一つの命のために、別の命を奪ってよいのか。あまりにも短絡的で、あまりにも自己中心的だ。 「親父になるんだ。だから、貴様が罪を被れ、いいな!」  いいはずがない。義人の目が恐怖に満ち開かれた。酒上が足を引き抜き、義人は新鮮な空気に喘いだ。次いで右手を抉じ開けられ、出刃包丁を握りこまされる。 「い、嫌だ!先輩、あんたなんか狂って」 「金も返せねえのに偉そうな口きくんじゃねえぞっ!」 唾を吐き散らしながら、彼は既に逃げ態勢に入っていた。殺された男の脇にあった鞄をもぎ取ると、必死になって飛び掛かってきた義人の腹を蹴とばし、再び地面に押し倒す。 「だがな、これだけは覚えとけ、漢崎・・・こんな金持ってる奴らがいて、俺達が貧乏でいるっつうのは、世界のどこかがおかしいんだぜ・・・俺達がいつまでたっても苦労しかしねえのは、たんまり金を持ってやがるこいつらのせいだ。」 死体に憎々しげに唾を吐きかけると、酒上は踵を返し、土手を転がるように下り、闇の中に消えていった。 「あんたなんか狂ってる!」 義人は半狂乱になって、包丁をできるだけ遠くに放った―しかし、もうどうしようもなかった。男は完全に、死んでいた。一回りほど年上であろう、精悍で上品な顔つきの紳士だ。贅沢品には縁のない義人だったが、そのスーツも靴も一級品であることはよく分かった。能面のように無表情な顔から腹にかけては見るも無残に切り裂かれ、血が赤い花のように、暗闇に浮かび上がっている。そしてその血は、はり倒されたときに義人の体にもまた、べったりとついていた。
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