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 しかし、14年目でる。何を考えたのか、はたまた何も考えていなかったのかもしれないが、彼は脱走をやらかした。元々運動神経は決して鈍くはなく、長年の労働は、筋肉に強靭なパワーを加えていた。更にそれに拍車をかけたのが、恨みだ。こんな所にいてたまるか、これ以上耐えてなるものか・・・彼は果てしない怨恨で理性を打ち破り、壁を登り、伝い、かすり傷を無数に負いながら「壁の外」へ―寝ても覚めても憧れ続け、何度も夢に見てきた、外の世界へ出た。そして自由を享受する暇もなく、脱兎のごとく走る。刑務所から、おぞましい過去から、一歩でも遠くに行けるように。当然のごとく彼の脱走はニュースにもなり、社会から血眼で追われていることにも気付いていた。しかし、彼はもう昔の彼ではない。刑務所に入る前は、善良だが限りなく無知な青年であったものが、悪の空気にどこか汚染され、知らぬうちに人間の底辺の部分を成長させる、不可解な洗礼を受けてしまったのだろうか?巧みに当局をかわし、偽名を使い、あたかも一般人のような素振りで、以前とは別の工場に潜り込んだ。髪と、特に髭を伸ばした顔は、手配状に描かれた丸刈りの似顔絵とは、だんだんかけ離れていくようだった。
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