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 カチリ、と乾いた音がして、不気味な沈黙は破られた。急に部屋中に溢れた光に瞳孔を射られた男は、反射的に目を覆う。端を虫に食われた蛍光灯が、部屋の中をすっかり照らしていた。男の周りには、大きな鋭い破片、金庫の残骸が醜い四角や三角になって散らばっている。グロテスクな穴の開いた金庫の中から近くにある彼のサックの中にまで、夥しい量の万札がばらばらと滝となっていた。  男は立ちすくんだ。自分の置かれている状況を理解したくないというように、その目は激しく白黒していた。乱れた頭でも何かしなければならないと思ったか、鞄を震える足先で出来るだけ遠くに蹴とばし、その下にあったものをこれまた震える手で拾い上げた。大きな玄能である。 「い・・・嫌だ。見逃せ、見逃してくれねえと・・・」 男の唇はわなわなと震え、その後が言えなかった。しかし彼としても、何も言うつもりはなかった。衝動的に口走っただけなのだ・・・言えようか、見逃してくれないと怪我をさせる?殺す?  彼は自分が今やってしまったことだけでも、いっぱいいっぱいになっていた。痙攣する目尻から、みるみるうちに涙が溢れる。幾筋にもなって流れだし、頬に汚らしいしみがついた。 「見逃せ・・・見逃してください、頼む・・・」 壊れた金庫を前に戦慄しながら泣きじゃくる彼の数メートル前に、一人の男が立っていた。男といっても白髪の老人である。彼は黙って、柔らかく腕を組んだまま、自分だってどうしたらいいのか分からないといった風情で立ちすくんでいた。 「何とか言えよ・・・頼む・・・」 男の押し潰されたような声に、痰が絡む。膝の震えは激しくなり、土下座をすうようにへなへなと座り込んだ。凶器を尚握りしめてはいるが、酷い嗚咽が彼の弱さを全てさらけ出していた。完全な悪ではない、幼稚で衝動的な犯罪なのだということも。  金庫の破片に、大粒の涙が落ちた。
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