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 彼はたちまち、生活に困った。家を畳んで工場の寮に移り住み、一刻も早く親の残した借金を返そうと働いた。しかし、16の子供の稼げる額などたかが知れている。次第に借金を返すために、同僚から借金をするという、愚かな手段を取り始めた。もう少し大人だったなら知恵もあろうが、彼はまだ子供だった。こうした状況を上手く切り抜ける頭も、経験も不足していた。愛してくれないとはいえ、両親をいっぺんに亡くし、重荷を痩せた両肩に背負い、将来の夢も希望もなく、孤独でやるせない日々は、酷以外の何物でもなかった。  20歳になったとき、両親の借金は完済した。しかし、その分同僚への借金が膨れ上がっていた。皆、決して裕福ではない同僚である。彼らは頻繁に義人をいびり、いじめた。彼はほんの僅かな給料を十人ほどに振りまき、頭を下げ、殴られ、嫌味を言われ、使い走りをさせられ、ひたすら次の給料日を、首を長くして待ちわびた。  彼を一番苛めていたのは、酒上という、十歳ばかり上の男だった。常にアルコールとヤニの入り混じった、不快極まる臭いを発している彼は、義人が決して盾つけない立場にいる先輩で、仕事の腕も彼より長けていた分、堂々と威張り、いびった。一年ほど前までは狭い寮で共に暮らしていたが、今は所帯を持ったか同棲を始めたかで、安アパートで女と暮らしている。その分金もかかるようになったのだろう、義人の顔を見るたびに汚く責め、追い込んできた。 「まだ返せねえのか?」 「無能な奴」 「泥棒するつもりか」 「役立たずの貧乏野郎が」・・・  しかし、無い袖は振れない。暴言に加え殴っても、どついても、義人から差し出されるのは折りたたまれた数枚の千円札である。金目のものを入質しろと部屋を物色したこともあったが、そんなものを持っているはずもない。酒上も苛立ちがつのってきたのだろう、ある日義人は深夜、話があると酒上に連れ出された。
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