1

8/22
前へ
/22ページ
次へ
「ここにいろ・・・いいな、動くんじゃねえ。声もたてるな。」 「・・・はい」 しいっと、早速酒上の指が唇に当たる。音を立てないように頭を一回はたかれ、義人は今度こそ石のように黙って座り込んだ。鬱蒼とした生垣の陰で、下はもちろん、アスファルトだ。周囲は人家が申し訳程度に建っている、寒々とした一角で、酒上が歩いていくのは土手か何かの、少し開けたところだった。人通りは全くなく、家々も全て灯りを落としている。車も時折、思い出したように一台、二台と通るだけで、全くの静寂だ。  真夜中、自分に好意を持っているわけではない男に連れ出されている。よくよく考えると、鳥肌が立ってくるような状況だ。しかし義人は、常日頃工面のことで気を揉んでいるためか、直接金銭のことを考えなければならないとき以外は、何も考えないでいる癖がついていた。彼はぼんやりと顔を上げ、膝を抱え込み、曇り空をわけもなく見上げていた。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加