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 不意に、闇を劈いて絶叫が轟いた。義人は驚いて立ち上がったが、暗闇に目が潰れて何も見えなかった。しかし、嗅覚だけが事態を誘った―血だ。生々しい血の匂いがいきなり義人の鼻孔に飛び掛かり、脳天まで鋭く駆け抜けた。  酒上が人を切りつけたのだ!そう悟った瞬間、義人は勢いよく腰が抜けるのを感じた。いやな人間であるとは常日頃から思っていたが、まさか犯罪に手を染めるほどの悪党とは思っていなかった。そんなことを知っていたら、どうして共に働き、寮で寝食を共にできようか?  恐怖で四肢ががくがくと震えた。いざりながらも逃げようとすると、肩を強くつかまれ、恐ろしい勢いで引き戻された。 「逃げるな。やってほしいことがある。」 急に強くなった血の匂いに、彼は意識が遠くなりかけた。そうか、わざわざ自分を連れてきたのは、遺体処理を共にして、共犯者に仕立て上げるためだったのか・・・ 「先輩、勘弁してください・・・勘弁してくださいったら。」 「るせえっ、声出したら殺す!」  義人の懇願は、酒上のドスのきいた怒鳴り声にばっさりとかき消された。この「殺す」が単なる脅しでないくらい、義人にもよく分かった。酒上は人一人を殺した直後だというのに、焦りも戸惑いも、そういったものは微塵も感じられない。むしろ、蠅を一匹叩き潰しただけのように、落ち着き払っていた。額に一しずくの汗も垂らさないままに、義人を血が空気をぬかるませている現場まで引っ張ってくると、勢いよくはり倒した。  じゅわり、と気味悪い音がして、義人のブルゾンに生暖かい鮮血が滲みこんだ。彼は今度こそ絶叫しかけたが、酒上の脂じみた靴を足ごとむんずと口に詰め込められ、声は喉に押し込められた。背中に押し付けられる物体は明らかに生命のないものであり、哀れな犠牲者の死体、だった。
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