阿砂呉村

24/36
前へ
/74ページ
次へ
「千夏! 助けて!」遙は親友の名を叫んだ。 女が震えた指先で遙の頬を摩り上げる。 「や、やめて」遥は総毛立った。 剥き出だしになった女の目玉が遥を捉えた。 黄ばんだ歯のあいだから覗く女の舌は、回虫のようにうねうねと蠢いている。 「ひっ!」遥は思わず顔を背けた。 「ケイスケをかえせええ!」 突然、女が金切り声をあげた。 その途端、遙は気を失った。 「う、うう…」遙はゆっくりと目を開けた。 ぼんやりとしながら、遙は男の顔に瞳を凝らす。 「大丈夫か!?」男が口を開いた。 遙は、男の膝の上に頭をのせていた。 遙をかかえたその男は二十歳前後か。 さらさらとした甘栗色の髪で端正な顔つきだった。 遙は、なぜか温かくどこかしら懐かしく感じた。 (お父さん…?)そんな言葉が、彼女の頭のなかを過ぎっていた。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加