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「え? なになに? 私ら遭難したわけ?」
真理恵は、陽子に対しておどけた態度でそう言った。
彼女の持ったタバコの火が、蛍の放った光のようにゆらゆらと揺らいでいる。
闇が、廃墟集落を覆いつつあった。
圭介は腕時計に目をやる。
夜の7時をまわっていた。
ひんやりとした通り風が肌を触る。
「なあ、ここからクルマ停めた場所までどのくらいかかるかな?」
不安げな表情をみせながら、圭介は横越に聞いた。
圭介の質問など耳にしないかのように、横越は腕を組んだまま陽子を見下ろしていた。
「真理恵ちゃんの言うとおりだ! 気色の悪いこと言うなってんだ、ソトコのくせによお!」
横越のその言動に、圭介のこめかみがピクリと動いた。
陽子は、指を組んだ手を胸に当て横越に目で訴えかけている。
圭介は陽子の肩に手をのせた。
「どうした? 怖いんやろ? はよ帰ろう」
陽子は圭介を見上げた。
「駄目、駄目なの…私たち…」陽子の大きな吊り目が潤んでいた。
圭介の胸が高鳴った。
胸奥に潜んだ陽子に対する好感情。
それがマグマの如く一気に噴き上がった。
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