阿砂呉村

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圭介の大学生活2年目の秋。 『ミステリ倶楽部』の集合場所はいつもファミレスであった。 当時20人ほどの部員がいただろうか、ファミレス内では男女入り乱れてバカ騒ぎしていた。 「ねえ、今夜どこ行こー?」 「クラブ行くー?」 「まずどこかで飲もうや」 「ラブホ3部屋分予約しちゃってんだけど!」 歪な会話が飛び交うなか、圭介の気分も高揚していた。 突然、雨が降ってきた。 にわか雨だろうか、激しく降っていた。 その時、ひとり静かに小説を読んでいた陽子が店内を出て行った。 一人の男が言った。 「なんだあ、ソトコのやつ真っ先に出てったよ」 その隣の女が続いた。 「ほっとけば? 雨に濡れるのが好きなんだよ」 その言葉で一同が爆笑した。 圭介は周囲にあわせるように口端をつり上げていた。   その日は皆がクラブではしゃいだ夜だった。 雨の上がった帰り道、一人になった圭介は、偶然にも陽子のアパートの前を通ることになった。 裏通りにある陽子の住処は、築何十年も経っているかのような古い2階建ての木造アパートだった。 圭介は目を見張った。 子猫を胸に抱いた陽子が、じりじりと点滅する街灯に照らされていた。 「ソト…いや、陽子なにしてるの?」  圭介は面と向かって『ソトコ』と呼べなかった。 ブルゾンにジーンズ姿の陽子は、圭介の姿にはっとした。 「う、うん…」 陽子のあいまいな返事に首を傾げながら、圭介は彼女に抱かれた猫を見た。 「おい、この猫、足ケガしてんじゃん!」 陽子は困った様子で、圭介を見上げた。 「アパートに連れて帰ると、大家さんに怒られるし…」 圭介は、昼間の陽子の行動を思い出した。 「雨んなか突然店でたのって…?」 陽子は頷いた。 「うん、この子が道の真ん中でうずくまっていたの」 そう言うと、子猫の頭を頬で摩った。 小柄で幼げな陽子に抱かれた猫が、にゃん、と鳴いた。 陽子が微笑ましい笑顔をみせる。 圭介が初めてみる表情だった。 その時、圭介のなかで熱いものが込み上げてきた。 彼は陽子の肩に手をのせた。 「病院連れて行こう、親父の知り合いにいい獣医がいるからさ」 「うん!」陽子は大きく頷いた。
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