19人が本棚に入れています
本棚に追加
「よ…陽子! よかった! 生きてた!」
「ママ!?」遙は母親の名前に瞬時に反応して、男の膝から飛び起きた。
「ママ…?」男が怪訝な表情で、遙の言葉をそのまま返した。
遙は座ったまま、畳に両手を突いて辺りを見回す。
昼間のような日差しによって、遙には初めて見る室内だと認識できた。
茶色に変色したふすまは破れている。
足が折れて傾いている座卓。
倒れてドアが開いた冷蔵庫。
縁側の窓の外は、裏山に面した雑草だらけの庭。
遥自身、ジーンズに白い開襟シャツ姿でいる。
「ここはどこなの?」遙は額の汗を拭った。
閉めきった部屋は真夏のような暑さである。
「ここなら安全だ」暑いからだろう、男は白い顔を赤らめていた。
遙は男の正面に向き合った。
「あなた…誰?」
男が立ち上がった。細身の長身だった。
茶髪を真ん中分けにした髪型で、白いT-シャツにジーンズ姿。
テレビの特集でみたことのある、一昔前に流行った容姿のその男は、その整った顔立ちを少し歪ませていた。
「誰って…それはないだろ、俺たち一緒に逃げてきて、突然、陽子が気を失って…あ、もしかして記憶喪失になったのか?」
「ママはどこなの?」遙は一番訊きたい疑問を投げた。
その瞬間、遙の頭のなかで別の声が聞こえた。
〔ごめんね…ケイスケを助けてあげて…サガワさん、ヨコゴシさん、マリエさん、みんな殺された〕
それは母親のベッドに腰掛けていた、あの女の幼い声だった。
最初のコメントを投稿しよう!