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正面から…っだと!?
普通、正面なら誰かが来たら気付くはずなんだが…そう思って声の方にピントを合わせると…
「春川…桜…?」
「はい。昨夜ぶりです。」
こちらを見上げていたのは、昨夜は桜の精と見間違えるほどの美しさだったはずの春川桜だった。
「…透けていますか?」
「いえ…これが普通ですが…というか…透明人間ではないです。」
正面にいてもなお、少し意識を反らせば忘れてしまうほどの存在感の無さ。周りの人間も、あんな人間がクラスに居たのかとざわついている。
「…用件とはなんでしょうか…?」
「え?」
「いや…だから、なんで僕を探していたのかなって。」
「いえ、昨日のことが気になって、探してみたくなっただけですから。」
「…そうですか?じゃあ、僕は席に戻ります。」
彼はそう言って後ろを向くと、そのまま空気に溶けるように歩き去っていった。
「…」
俺はなんとなく、彼がこんなにも見えにくいのかがわかったような気がした。
不健康に見えないギリギリの白さに、艶のある真っ黒な髪と瞳。そして、その人形めいた造作を否定しているのが、柔らかく下がった目尻。そんな美しすぎる彼が見えにくいのは何故か。
それは彼が太陽の光に負けてしまっているから。
夜桜の下の彼があんなにも美しかったのは、月光が彼に負けたから。
彼の儚さは、太陽の下ではただのガラクタ。ガラスの人形のように太陽の光を地面に透過し続ける。
「…そうだったんですか。」
通常の人間と彼の違い。
それはどちらの光に勝てるか
ただそれだけだった。
「…では、私はこれくらいで。失礼しました。」
俺はその教室を後にした。
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