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椿輝君の運転する車は、まだ車の少ない道路をスイスイと進みます。
「今日はどこだ?」
「今日は、そこらへんの公園ですかね?先生は大体の場所しか教えてくれませんから。」
「まったく…変わった先生だ。」
「ですね。」
僕が教えてもらっている先生は、簡単に言うと住所不定な方です。それでも先生はいつも綺麗ですし、なぜか僕からはお月謝を受け取っていただけません。でも、会うたびにお腹を空かせていらっしゃるので、簡単な食べ物をたくさん持って行くととても喜ばれます。
「でも、僕は先生の演奏はいつもすごいと思います。どんな時も自分に素直な曲を聞かせていただいて、僕もそうありたいと思います。」
「そうか。なら、桜の次の演奏会が楽しみだな。」
「ふふっ…次は、来週の演奏会ですよ。もうすぐ桜も咲くでしょうから、それに合わせて催します。」
「会長達も呼ぶのか?」
「はい。学園でお世話になった方には招待状を送ろうかと。なにせ、僕の初めての演奏会ですから。」
僕は、これまでも、そしてこれからも、演奏をするなら桜の木の下と決めています。なので、今度の演奏会もある開けた場所にある一本の大きな桜の木の下で行われます。開催時刻は夜の10時。弾き終わる頃には真夜中になるでしょう。夜桜の一番綺麗な時間です。
「…卒業してから5年か…なかなか短かったな。」
「はい。椿輝君が跡を継がないと言った時はどうしたのかと思いました。」
「あれは…ちょっとした反抗期だ。…桜と生きていくのを猛反対されたしな。」
「僕、知ってますよ?みんながオロオロしている時にこっそりニヤついていたの。」
「楽しかったからな。今まで俺に命令ばかりしていた父が、継がないの一言であそこまでうろたえるとは思わなかった。」
「椿輝君ってなかなか性格よろしくないですよね?」
「何を今さら。そうじゃないと、あの弱肉強食の世界では生きていけない。」
「そうですね。…あ。この辺りなはずです。あとは探すしかないので、がんばります。」
「そうだな。今日も一所懸命学んで来い。」
「はい!」
そして、触れるだけのキスをしてから車を降りて、椿輝君を見送ります。
「さて…先生を探しますか!!」
僕は歩き出しました。
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