14人が本棚に入れています
本棚に追加
「…もう何度、君を訪ねたっけ?」
「そうですねえ、総司さんのお姿を目にするようになったのは春のことでしたが…何故でしょう?」
私の膝に頭を乗せ横になり、瞳を閉じたまま寝言のように訊ねる其の人。
「違うよ、君がその姿を現したのが春の頃だったんだ…」
私は彼の力ない右手に支えられた小さな器に酒をそそぐ。
「僕は佐野さん等に連れられてその前からたまに来てたもの。」
白くて女のようでもある端正な顔立ちだが
ゆるりとその器を包む長い指は、確かに刀を握る者の手だった。
「では私など見えておられなかったのでありましょう。」
「…あの晩もすごく混んでたよね。何処ぞの金持ち商人の息子がきてて、気を引こうとする遊女達でいっぱいだった…」
「梅の花のようだったよ。」
「…へ?」
夢から覚めないようにとそっと瞳を開け
まだ夢の中のように私をみる。
「春霞の中香る梅みたいだった。」
「梅?」
「霞んでその姿こそよく見えなくても、美しく香った。どこにいるか分かった。」
右手を伸ばし、こぼれた酒で濡れた指で私の顎に触った。
「僕が見逃がすわけないでしょう?」
最初のコメントを投稿しよう!