金魚

2/3
前へ
/54ページ
次へ
「…もう何度、君を訪ねたっけ?」 「そうですねえ、総司さんのお姿を目にするようになったのは春のことでしたが…何故でしょう?」 私の膝に頭を乗せ横になり、瞳を閉じたまま寝言のように訊ねる其の人。 「違うよ、君がその姿を現したのが春の頃だったんだ…」 私は彼の力ない右手に支えられた小さな器に酒をそそぐ。 「僕は佐野さん等に連れられてその前からたまに来てたもの。」 白くて女のようでもある端正な顔立ちだが ゆるりとその器を包む長い指は、確かに刀を握る者の手だった。 「では私など見えておられなかったのでありましょう。」 「…あの晩もすごく混んでたよね。何処ぞの金持ち商人の息子がきてて、気を引こうとする遊女達でいっぱいだった…」 「梅の花のようだったよ。」 「…へ?」 夢から覚めないようにとそっと瞳を開け まだ夢の中のように私をみる。 「春霞の中香る梅みたいだった。」 「梅?」 「霞んでその姿こそよく見えなくても、美しく香った。どこにいるか分かった。」 右手を伸ばし、こぼれた酒で濡れた指で私の顎に触った。 「僕が見逃がすわけないでしょう?」
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加