第三章『激情の果て』

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 そんな透流の狼狽ぶりなんかは気にも留めず、ダンボールは内側からどんどんと切り裂かれていく。 「ふぃ……正直死ぬかと思ったニャ。全く、お嬢も鬼畜な選択をしおる……だからおれっちはこの方法は反対だったんじゃよ」  やがてダンボールの亀裂からひょいっと姿を覗かせる黒い物体。それはどうやら口のようで、それがもぞもぞと動いて言葉が生じていた。 「あばっ、あばばっばば」  その異常な光景に透流は口を震わせ、壊れかけのラジオのように意味にもならない信号を発する。  そんな透流を余所に、ダンボールを裂いて漸く全身を見せる黒い物体。それは全身を体毛に覆う一匹の獣だった。厳密に言えば黒猫である。 「ぉぉ、お前か? 永瀬透流っちゅう小僧は」  但し喋る。それだけで透流の背筋にぞくぞくと悪寒が走った。  ありえない。人語を喋る猫なんて。確かに世の中では『喋る猫』なんて有名になった時期もあったが、コレに関してはそんなものじゃない。一語一語ずつじゃなく、ちゃんと文章になっていのだ。ペラペラなのだ。  その上この黒猫には本来の猫とは決定的に違うところがあった。  尻尾が……二本ある。 「ぁぁ~……お嬢に聞いた通りっちゃぁ通りじゃが、まぁよもや此処まで過剰に恐れられるとはニャあ」  硬直する透流に呆れたように息を吐く黒猫。そしてひょこひょこと透流の傍まで歩み寄り、そこに座り込んだ。 「小僧。おれっちは月浦紗夜……お嬢の使いとして此処に来たアルザだニャ」  そこで透流ははっと我に返る。月浦紗夜……それは昨夜の怪事件で知り合った命の恩人兼畏怖の対象の名だった。  そして透流とその人物の繋がりは、胸に輝く親指の爪くらいの大きさの紅い結晶……主従の関係。  そういえば、日を改めて話をしたいと言うことで、後日使いを出すと言っていたが……恐らくこの双尾の黒猫がそうなのだろう。  漸く透流の頭も平常運転し始めてきた。
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