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「…あれ、明識だけ?」
芯のあるよく通る声。
明識は声の主の姿を見て身体をビクリとさせた。
メッシュの入った茶色いショートヘアに、スーツ姿の少女。
──零崎宵織。
明識の密かな想い人にして、
最も弱味を見せたくない相手だった。
「な、なんだよ」
「蔦織さんは?」
「買い物だ。俺は留守番」
「そっか」
明識は肩をすくめ、ため息をついて下を向いた。
(なんでよりによってこいつが…)
熱を出し弱っている所を見られるとは心外である。
明識は平静を装った。
「すぐ戻るって言ってたから30分もしねえうちに戻るだろうよ」
「そっかー…。じゃあちょっと部屋によってこようかな」
そう言うと、宵織は店の奥にある地下へと続く通路の扉に向かって歩き出した。
明識はため息をつき、グラスの水を呷る。
「……」
不意に、宵織が立ち止った。
「ねえ」
「なんだよ」
「…さっきから気になったんだけどさ、今日なんか声変じゃない?」
(っ!?)
明識は激しく動揺した。
宵織は非常に耳がよい。
絶対音感を有し、視界が奪われてもわずかな音を頼りに状況を判断できる程度に聴力はずば抜けていた。
「なんか掠れてるっていうか…風邪でもひいたの?…まあ、お節介だろうけど」
「俺が風邪なんかひくわけないだろ。寝起きだからだ」
「…」
いつの間にかカウンターの方まで戻っていた宵織は、明識の顔を覗き込むように凝視していた。
いたたまれなくなった明識がせめてもの抵抗として顔を逸らすと、それを追いかけるように白い手が伸びて額に当てられる。
低体温気味の手がひんやりとして心地いい、と、不覚にも思ってしまった。
「熱、あるでしょこれ。」
「……ねーよ」
「はぁ…どうしてそこで意地張るの」
「熱があるという事実はまだ観測されていない」
「こんな時に屁理屈こねないでくれない?シュレディンガーの猫じゃないんだから」
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