どこかで

12/13
467人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
見慣れた玄関のドアを勇太は勢いよく開けると、私を連れて奥の和室へと駆け出した。 「パパ、僕...えらい?」 そう言って、勇太は私の白黒写真の前に、虫かごを持ち上げた。 そうか...思い出した。 その瞬間、浩介の失われていた記憶が、全てよみがえった。 私は死んだのだ。 美術館の帰り道...早く家族に、自分の絵が展示されることを伝えたいあまり、私はスピードを出しすぎていた。 後少しで家路につく...というときに、横から急に現れた猫を避けようとした私の車は大きくスピンし、そのまま壁に激突した。 体は既に、ピクリとも動かない。 意識が朦朧とする中、死を覚悟した私の頭には、一つの後悔だけが残っていた。 勇太と交わした昆虫採集の約束... あの絵のように、笑った勇太の顔がみたかった... ....... ... . その願いが、まさかこんな形で叶うとは... 浩介は、写真に向かって自慢する我が子を見て、声を上げて泣き出した。 「パパもきっと、天国で勇太のこと褒めてるわよ。ね?」 「うん」 勇太は嬉しそうに虫かごを覗いた。 「ミーンミン...」と、セミが元気よく鳴いていた。 .
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!