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「あ……んっ…。」
合鍵を使って恋人の高也の家に入ると、かすかに甘い声が聞こえてくる。
玄関には高也のスニーカーと、見慣れた赤いピンヒール。
それは双子の妹の美海のものだった。
途端に、誰かに強く心臓を掴まれたみたいに胸が苦しくなって、喉の奥が熱くなるのが分かる。
一瞬、涙が溢れそうになったけれど、なんとか誤魔化して、必死に止めた。
いつかこうなる事は予想ができていた。
だって俺は美海の身代わりでしかなかったのだから。
美海に彼氏が出来て、ものすごく落ち込んでいる高也に漬け込んだのは俺だから。
俺と付き合えよ、似ている俺を美海の変わりにしろよ、なんて上手いこと高也を言いくるめたのはまぎれもなく俺自身だから。
だから俺は高也にどうこう言う権利はないし、泣くのはおかしい事だって分かっていた。
でも、そうまでして付き合いたいほど、俺は高也の事が好きだった。
何でそんなに好きなのか、はっきりとした理由は分からない。
俺はゲイではない。
いままで惹かれたのは皆女の子だったから。
けれど、はじめて見た時から高也の事は気になっていて。
高也と話すたびに、高也に惹かれていった。
高也が動くたびに、無意識に目で追ってしまっていた。
高也が近くにくるたびに、ドキドキするようになった。
高也が笑いかけてくれるたびに、どうしようもなく嬉しくなって。
高也の少し抜けているところも、字が汚いところも、優しいところも、すべてが愛しく感じるようになった。
そばにいれるだけで、幸せになれた。
だから、たとえ美海の変わりだと分かっていても、半ば強引だったとしても、高也と付き合える事になって、すごく嬉しかった。
なんの気まぐれかは分からないけれど、合い鍵を貰えた時は、しんでもいい、って思えるほどだった。
恋人同士がするような事をする時、高也は必ず俺の事を、美海、と呼んでいた。
それでも、高也の近くにいられるだけで幸せだったから、それでよかった。
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