エッグスカラー

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翌日、僕は仕事を休んだ。もともと持っていた授業数もさほどなかったし、個人授業だったから、手すきの講師に具合が悪いからと言えば、難なく授業を変わってもらうことはできた。受け持つ授業が増えたからと言って、同僚や先輩の講師がかわいそうだは思わなかった。むしろ、わいそうなのは生徒だ。受け持ちの講師に放置され、その講師は何をやっているかと言えば、僕は実家に戻って来ていた。両親が驚く中、「今日はいいんだ」と、言い訳にもならない言い訳をして、昔の自室にむかった。畳の少しかびたような臭いをかぎながら、押入れを開ける。この家を出て、もう何年たったかわからないが、押入れの中がいきなりガラッと変わるわけでもなく、見覚えのある教材や玩具が埃をかぶってしまわれていた。昔は執着していたキラキラのラメ入りスーパーボールも色がくすんでしまっていた。その奥に、そう目立たない位置に鎮座しているものが、目当てのものだった。エレキギター。東海楽器のタルボA-148SHだ。学生のころ、バイトで貯めた金でやっとこさ買ったギター。憧れていたミュージシャンに影響されて、買ったものだ。 弦は錆びて、ボディは埃をかぶっている。けれどまだネックは腐っていないし、使えそうだ。丹念に拭き上げ、あらかじめ持ってきていたソフトギターケースにギターをしまった。弾けるだろうかなんて心配はない。弾けなくても弾けるようになればいいのだ。 「ギター、持っていく。玩具はもう捨ててもいいよ。押入れひとつ占拠しているのは、邪魔だろ」 「帰るのか」 父が聞いてくる。 「夕飯くらいは食べていきなさい。あと、私が生きてるうちはあの押入れはあんたの思い出だから、動かさないわよ」 「スーパーボールのいくつかや、子供用の玩具で何言ってるんだ。捨てなよ」 母を諭すように説き伏せる。ガラクタばかりで、誰の目で見てもいらないものだ。
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