エッグスカラー

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「それと、あの本はいいのか。あの、自殺した子の」 山岡の、本。疑問符をつけて聞き返したくなるくらいに、記憶になかった。父さんはそれに気づいたようで、書斎(と言っても本棚が並ぶだけの部屋。一般家庭にそんな大層な書斎はない)に引っ込むと、一冊の本を持ち出してきた。タイトルは『愛をひっかけるための釘』だ。パラパラとめくっていくと、最後に山岡と名前が書いてあり、その下にこまごまとした文字が書かれていた。 ――出会いは別れへとつながる道だ。それを変えるには僕らはあまりに無力だ。存在を証明するにも何もない。僕らは持っていないんだ。雄の鶏は卵を産めるという話を知っているか。僕は見たことがないが、できる可能性があるんだそうだ。それは「不可能」と「不可能」の稀有な、手違いだ。人との関わりというのは、この手違いに過ぎない。手違いに過ぎないが、僕はこれを愛と呼ぼうと思う。君は僕を見つけてしまったから、この本を渡そうと思う。僕が死んで、いつか思い出すことがあるのなら、それが愛だ。―― いかにも山岡らしい書き方で、僕との関係を表していた。そうだ、僕は山岡を見つけていた。面白いやつだと思い、確かに出会いがあった。高架下で、鞄にいつの間にか入っていたこれを、読んだのだ。山岡は次の日に死んだ。 僕は鞄に本を突っ込み、夕飯は断って、家へ帰った。エッグスカラーの歌詞を『愛をひっかけるための釘』に挟んで。
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