エッグスカラー

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走っている電車から眺める夜景は、遠くに見える明かりがゆっくり動く以外はほとんど変わらなかった。変わらないように見えているというだけなのだけれど。 「あれ、南くんじゃない」 振り向くとスーツを着た洋子がいた。同じ車両に乗り合わせていたらしい。こないだ会ったばかりだというのに、何かの縁だろうか。そんなことを言うと純一に怒られてしまう かも知れないので口には出さないでおく。 洋子は僕の肩に下がったギターのケースを見て、 「久しぶりに見るね。昔はほとんど自慢げにことあるごとに持ってきていたものね」 と、にやりと笑った。 「そう言う洋子も洋子で、つられてギターを買ったくせに」 と、悪態をつく。すぐに売ったという話を聞いた時には、さすが文系根暗と、失礼なことを思ったものだ。すっかり根暗なんて言葉をはねのける性格になってしまった洋子は、中年のおばさんどもが井戸端会議でもするかのようにこちらの腹を探ってきた。 「で、死にたい子はどうなったのよ」 僕は難しそうに唸る。言葉を選びたい。しかしそれがあだになるわけで。すぐにうまくいっていないということがばれてしまった。洋子は少し眉をひそめて、ため息をついた。それからギターに目をやり、「そういうことね」と漏らす。大学三年間とはいえ一緒に行動していた仲間だ。さすがに分かっている。 「私だってきっかけはギターだったわ。あんな高いもの買うのにバイトしてさ。コミュニケーションとらなきゃならなくなっちゃったのよ」 だから頑張んなさいよと、付け加えた。なにがだからだ、とは思いつつも、僕はズボンの後ろに折りたたんで入れておいたエッグスカラーに、軽く手を触れながら「ああ」と、頷いた。
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