エッグスカラー

15/15
前へ
/15ページ
次へ
指が開かないから、ギターの弦を抑える運指は思わしくなかった。もしかすると、中村にもらった指輪が邪魔なのかもしれないが外す気にはなれなかった。ここ数日、本来なら授業計画を練らねばならないところを削って作曲作業をした。大学ノートに定規で線を入れ、即席の譜面に仕立てて楽譜を書いた。曲名は、「エッグスカラー」だ。中村の書いた詞は、完璧すぎるほどにもろく、はかなく、そして綺麗だった。内容はこうだ。 エッグスカラーは世にも珍しい親のいない有精卵。今にも誰かに食われてしまいそうな卵だった。しかし、いつしかそれが育ち、ひよこになった。ひよこになって、殻の外を恐れた。最後の歌詞には、「そのまま死んでいく」とあったのを僕が書き換えた。「殻を破って君を見つける」だ。 そんなストーリー。今の僕と中村にはピッタリじゃないか。 楕円形の卵の腹を器のヘリにぶつける。ひびの入ったところに両手の親指をもぐりこませるようにして開いたら、中から出てきたのは世界に絶望したひよこだった。ひよこは殻をつけたまま歩き出す。出会いという稀有な愛を携えて。 そして、次の朝、僕は中村が死んだことを聞く。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加