エッグスカラー

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傾いた太陽の赤い光が廊下を刺す。いくつかの授業は、課題全員提出という、それなりの成果を以って終了を迎えた。小中学生の間に習慣をつけなければ、高校大学で苦を見るのは身を以って知っている。しかし、僕はその考え方は好きではなかったので、比較的自由奔放に授業を進めてきた。 「センセーさようなら」 「はい、さようなら」 「いいですね。南先生は人気で」 室長の言葉に、どうもと、会釈をする。自由奔放にやってきたおかげか、僕の授業は人気がある。だからこそ、卵の彼のお鉢が僕に回ってきたわけであって、周りも、どうにかしてくれるだろう、というような眼差しを僕に向けていた。苦はない。というより、あの、日が傾いている教室の、ど真ん中の席に狭苦しそうに座っている彼が、実は私の一番のお気に入りだった。 「こんにちは」 返ってくる言葉はない。僕も黙って板書を始める。大きな丸を書いて、その中に「愛とは何か」と書きなぐった。夏目漱石の『こころ』を扱った授業だ。丁度学校で習っているので、とかそういう理由で指導要領に入っているのだ。 「中村。愛とはなんだろう」 中村はノートをとれない。とらないんではなくて取れないのだ。それは何かの病気や不自由ではなくて、単純にそういうシステムが組み込まれていないというだけ。室長は何度も怒っていたけれど、僕は不思議と理解できた。それを知ってからは、教科書を開くくらいの事しかさせなくなった。 「……なんだろう。先生、愛って何」
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