エッグスカラー

9/15
前へ
/15ページ
次へ
目の前にはマンションが聳えていた。マンションというやつはどうしてこれほどに排他的だろうか。空の青にも、夕焼けの赤にも左右されずに、もったりとした暗さが際立つ赤紫の外壁。いつもガラスの戸が閉まったままのエントランス。その前にはごちゃっとした自転車の束が見える。 思ったよりはいい、を通り過ごして良過ぎるくらいだ。エントランスに向かうと管理人室があったが、カーテンが閉まっていた。通り過ぎて、奥のエレベーターへと向かう。生徒名簿に載っていた住所は、このマンションの六階だ。エレベーターの扉が開くと、もう六階についてしまう。先だっての死にたいという問いに対する答えも出ないままで、自然と足が重くなる。しかしここまで来てしまった。歩みを止めるわけにも、なぁ。 ここだ。ローマ字の丸文字でNAKAMURAと彫られた表札。チャイムを押そうとする手が持ち上がらないが、悩んでも仕方ないのもわかっている。深く息を吸って無理やり手を持ち上げて、チャイムを押そうとした、その時。 カタンと鍵の開く音。おや、と思うと続いて中村が顔を出した。 「あれ、先生。え、どうしたんですか」 驚いた様子で問う中村に、当然のごとく言葉なんて用意していなかった僕は、 「おお、家庭訪問の、ようなものだ」 と、中途半端な返しをした。中村はパソコンが重いデータを読み込むかのように少し動作を止めた。 「……帰った方がよさそうだな」 「そんなことないです。あ、中はいりますか」 家から出てきた理由は聞かないまま、玄関に上がる。そのまま中村の自室に通された。部屋にはエレキギターが並んでいる。フォトジェニックやブリッツ、高校生らしく安めのメーカーがほとんどだ。そんなことより。胸とポケットをまさぐり 「これ、俺の胸ポケットに入れなかったか」 と、銀色の指輪を出した。中村は少し困った表情になりながら笑顔を作った。その後に 「いま、親いませんけど」 そっけなく言われて、ああ、そんな理由だったなと思いだす。「別に構わない」と、返すと思い出したように中村は廊下へと出て行ってしまった。食器の音がするので、どうやらお茶を汲みにでも行ったらしいと見当をつける。本当は親がいると話しづらいことを聞きに来たわけであって、ことによるとこれは好機なんじゃないか。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加