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「もう、帰れ」
これ以上のショックを避けたくて、ローはそう言った。
椅子を回して、ジャスティンに背を向けた。
窓から垂れる雨粒は、川のようだった。
「……結婚の……」
声が掠れるのを、なんとか戻して、告げる。主として。内面を見せないように。
「結婚の日取りが決まったら知らせろ。祝いは送ってやる」
もう、彼は去って行くのだ。
世界に、たった一人になった気がした。
不覚にも、心細くて涙が出そうになる。
だけど、それをジャスティンに知られたくはなかった。
行かないでなんて、幼い子供ではないのだ。言えるはずがない。惨めになるだけだ。
「今夜は、側にいましょうか?」
不意にジャスティンが提案した。
いつも言ってくれていた言葉。馴染んだ声。しかし、今日は同情されているようで、気に障る。
「必要ない。どうせ、明日には新しい従者候補がずらりと並ぶんだ。お前は早く田舎にでも帰って、そのいとこだかと、結婚でもするといい」
感情のままに口走った。新しい従者候補なんて……いもしないのに。
言葉を発すれば発するほど、ムカムカして、さらにローは冷たく吐き捨てる。
「どうせ、お前の代わりなんてどこにでもいるからな」
悔しかったし、悲しかった。同じだけ、ジャスティンも傷つけばいいと思った。
だから、当てつけて嫌味を言った。
わずかに目尻に涙が浮かんだが、この暗さでは、気づかれないだろう。
「もう……、用はないだろう?。さっさと、帰……」
「本当の理由を言いましょうか?」
ありえないことだった。主の発言を遮って、ジャスティンが意見することなど。そして、その声音は、冷たく地の底に這うようなものだった。
驚いて顔をあげたローを、燭台の炎を写したジャスティンの目が鋭く見つめていた。
「え?」
「何故、私が貴方に何の相談もなく辞める事にしたのか」
冷たい光を宿したジャスティンの目は恐ろしかった。
まるで、肉食の野生動物に相対しているような錯覚に襲われた。
「さっき聞いた。田舎に帰るんだろう?」
そう言っていたのは本人だ。意味がわからない。嘘をついているとでも?
「違う」
独白するように、ジャスティンが言った。
「違うんです。…私は……、ずっと……」
苦しげに表情が歪む。だけど、その瞳は野生のままローを見ている。
このまま、殺されてしまうのではないかという恐怖すら感じた。
カッ
雨音と同時に稲妻が走った
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