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『あなたをお慕いしております。私のロー様』 頭の中にさっきの言葉が響いている。 振り払うように必死で走る。 心臓はバクバクするし、そのせいか息も苦しい。 はぁはぁと息をついて、廊下のすぐ横の客室へと入った。 ドアを開けた所で足が絡まって、部屋の中央に配置されているベッドに倒れ込む。 荒い息を繰り返しながら、シャツのボタンを一つ外した。 何が、起こっているのか……? 頭の中はぐちゃぐちゃだ。脳裏に焼き付いている、熱を帯びたジャスティンの目を思い出して、首を振った。 ローの家、マクレガー家はクリスチャンだった。同性愛など禁忌中の禁忌だ。 それをまさか、誰よりも近くにいた従者が……。 暗い室内に雨音が響く。 心細くてシーツをはいでベッドに潜り込む。あまりに理解したくない事実に、どこも疲れていた。 きっと、これは夢だ。 目が醒めたら……、全て元通りに。 カーテンを開けながら、いつもと変わらない様子で、ジャスティンはこう言うのだろう。 『ロー様。いい天気ですよ。お目覚めですか?』……と。 そうなる事を願って、目を閉じてしまいたかった。だが、 廊下から、コツコツと静かな足音がした。 息を潜めて、様子を伺う。 今、この屋敷は巨大な密室だった。通いのメイドは夕刻には帰ってしまい、他の使用人は別棟に住んでいる。 ロー一人の世話など、ジャスティン一人で出来たからだ。 部屋の前で、足音が止まった。 コンコンとノックする音と同時にドアが開いた。 そして、足音はベッドに近付いてきた。 心臓が痛いくらいに鳴っている。もちろん恐怖で。 「ロー様」 呼ばれた声は、いつもの冷静なものだった。 逃げなければ! 本能的な恐怖に、ベッドから慌てて抜け出し、ジャスティンとは反対側に逃げた。 「ロー様!」 その声音は、今まであまり聞いたことのない、搾り出すような切ないものだった。 だけど、ローは暗い廊下へ飛び出した。 あんな声……、初めて聞いた。 今、ここにいるのは本当にジャスティンなのだろうか? よく似た別人なのでは……? とにかく、この屋敷から逃げ出さなくてはならない。そうしなければ、恐ろしい何かに捕まってしまいそうで。 もし……、捕まったら……? 思い出すのは、ジャスティンの熱い眼差しと、さっきの切ない声。それに籠められたモノ、真っ暗なナニカに飲み込まれないように。
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