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牧歌的な田舎の山村。幼い頃に少女が過ごしたのは、そんな形容がしっくりくる場所だった。
陽の暖かい日はいつでも、歳の離れた弟を連れてチューリップ畑を駆け回り、花のように無邪気な笑顔を振り撒く姿は誰からも愛された。
まるで童話に出てくるお姫様。そんな喜びに満ちあふれる日々を過ごした少女も、たった十与年の年月の間に随分と変わってしまっていた。
「……」
幼かった少女と、手にした刀の切っ先を敵対者に突き付けている今の美咲とは、似ても似つかぬ別人である。
引き締まった口元と細く整った眉は年齢よりも大人びた印象を伴い、対峙する敵を突き刺す視線は、喜びも哀しみも、昂揚も恐怖も含まず、ただ鋭い。あるいは、それら全てを調度良いバランスで含んでいるのかも知れない。
いずれにしろ、調和の取れた立ち姿だった。
小柄な背筋は天に向かって引っ張られるようにスッと真っ直ぐ伸び、刀の重量にふらつく様子は無論、感情の波に揺らぐ様子もない。
美しさを通り越して神々しさすら感じさせる一人の剣士、美咲。その美咲が今立っているのは、一人の剣士と一人の剣士が命を掛けて斬り結び、一方が無惨な斬殺体に成り果てる、果たし合いの場だ。
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