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対峙する二人に目立った動きはない。しかし、戦いは既に始まっていた。
(呑まれれば……斬られる)
男が攻め、美咲が受け流す。外面は涼しい顔で、内心では鋭い切っ先から目を反らしたくなる衝動に抗いながら、美咲は耐える。
もしも美咲が男の気攻めに負け、目に突き付けられた切っ先を払い除けようと剣を回せば、途端に男は標的を変え、浮いた美咲の篭手を斬り飛ばすだろう。
美咲の左目に切っ先を向けるべく、刀身を右に傾け刃を内に寝かせた構えは、威圧の効果とともに篭手への剣を繰り出し易くする狙いもある。
鈍い光とともに眼球に突き刺さる威圧。はたから見れば、美咲は涼しげに受け流しているようにも見える。しかし、夜目の効くものが見たならば、美咲の頬を伝う、ひと粒の大きな汗に気付いただろう。
美咲は思う。
(夜でなければ……悟られていたな)
男はその汗に、美咲の心の内で起きている理性と衝動の戦いの痕跡に気付かなかった。なればこそ、男は恐怖する。己の気攻めに晒されながら、塑像のように無表情で突っ立ったまま、なんの反応も返さない敵。苛立ち、次に焦り、仕舞いには幽鬼を目の前にした童のような恐怖の感情が徐々に男を侵食していく。
そして男は、痺れを切らした。
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