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男が右足を前に踏み出した。
(……来るか!)
左目に向けた切っ先はそのまま、美咲の眼球を刺し貫くかのように。剣尖の放つ鈍い光が、美咲の視界の中で一気に膨張を始める。迫る刺撃の予兆に、美咲の頬がわずかに強張る。
だが。
(浅い! そのような踏み込みでは、私には届かないぞ)
美咲が剣を払いに来ることを期しての威嚇。そのための中途半端な踏み込みを、美咲はあっさりと看破した。
そして動く。美咲は剣を払いに行くどころか、刀身を左脇に寝かせ、男の剣を受け入れるかのように正面を空ける。
「……馬鹿め!」
男の目が、光った。正面が開いたならば、そのまま突きに移行すれば良いとばかりに、己の勝利を確信し、偽りの勝期に躍らされ、次の行動に移る。
継ぎ足。先の踏み込みで崩れてしまった歩幅を修正し、突きを放つ体勢を生むべく、後ろ足を引き付ける。
その間、男は無防備。取り残されていた左足が男に追い付くまでのわずかな間隙は、しかし美咲が攻めに転じるには充分すぎる、致命的な間隙だった。
「……参る」
刀を左脇に回す先の行為により、美咲の攻撃体勢は既に整っている。男より一手先に、美咲は剣を振るうことができる。
そして、仕掛けた。
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