最終章

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「行ってくる」 その凛とした声は固い意志さえも思わせ 逆にオレが『しっかりしろ』と 言われたような気がして 故意に表情を引き締めたあと 心の背筋をしゃんと伸ばした。 そして力強くギュッと 彼女の柔らかい肌をこの腕で包み込む。 今日やっと抱きしめることが出来たのに 明日にはまたこの腕をすり抜けていく。 そんなやるせなさが胸を突いたけど それでもさくらの前では オレは強い男になりたくて しっかりと言葉を押し出した。 「ああ、待ってる」 小さく息を吸った。 「今度はオレが……さくらのこと」 追いかける夜が オレたちに時間差で星を届ける日々が続く これから。 彼女から心の矛先を逸らし 平然と毎日を過ごす自信は オレにはあまりないけれど それでも、別々の場所で互いを思う夜が 連れてくる新しい朝は、きっと 寂しくもほんのりと優しい時間であることを思った。 「……うん、待ってて」 少しだけかすれた声を漏らした唇に オレはそっと口づける。 波風の立たない穏やかな海は それなりにキレイだと思う。 でも、うねるような嵐の夜が過ぎ去った後 一筋の光を称える海の方が きっと何倍も美しい。 何を見ても 何をしても変わり映えなく 何ももたらされない毎日。 そんな日々に激しい嵐と たおやかな光の両極を与えてくれたさくらは…… やっぱりオレにとっても、女神なのかもしれない。 切ない甘さを漂わせたキス。 静かに2人を見下ろすトライアングルは…… これからの未来を照らすように ひっそりと輝いていた。 Fine.
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