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辺りは白く染まっていた、眼前の河は霞み、河辺に沿って植わる木々は、影絵の様にぼんやりとその姿を霧に写している。
寄せては返す波の音だけが響く静寂の世界。
一切の生を拒絶してるかの様に、重苦しい沈黙だけが佇む。
幾度となく、崩れた波頭が私の足を撫ぜて行った。
「冷たい……」
此処は何処なんだ。
何故、靴下を履いたままこんな所に居る。
目を凝らしても対岸が見えなかった。
薄絹に包まれた様な弱々しい陽光が、霞む河辺を仄かに照らす。
湯気の様な濃い霧を纏う汀が、何処までも広がっていた。
状況が分からず呆けていると、濃霧の先から誰かに呼ばれた気がした。
好奇心が頭を擡げる。
あの霧の向こうに誰かいるのだろうか。
幸いにも川は浅い、歩いて渡れそうだ。
好奇心は私の背中を押し、足を踏み出させた。
長い旅を経たであろう、磨かれた小石の地面を踏み締める。
まるで熱病に冒された病人の様に、ふわふわとした頼りない足取りで対岸を求めた。
霧を掻き分ける様に進む。密度の高い霧が私の動きに合わせ、ふわりと体をなぞって行く。
どれだけ歩いたのか気になり後ろを振り向いた。
岸は見えない。
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