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立ち込める霧が隠していた。
前を見る。やはり何も見えない。
不意に肌が粟立った。刃物を眼前に突き付けられた様に、ぞくりと寒気が背を伝う。
やがて、寒気は戦慄に変わった。
向こう岸に着いた時、決定的に何かが終わる。
そう、感じた。
それは凡そ総ての動物が持つ、原始的な恐怖への警鐘だった。
鐘はどんどんと早く、高く響く。
がくがくと膝が笑っていた。
もう、一歩も対岸へ近付く気は起こらなかった。
怖い、怖い、怖い。
ただそれだけだった。
悲鳴を上げてしまいたかったが、出て来た声は「ヒッ」と云う、しゃっくりの様な間抜けな声だけだった。
私は踵を返し、走り出していた。
元来た道を駆ける。
走った、走り続けた。
やがて岸辺に着く。
それでも尚、走り続ける。忌避すべき物を少しでも遠くに置きたかった。
霧霞む水面が見えなくなり、漸く人心地付く。
どれだけ走り続けたのだろうか、山の尾根に沿って田畑が広がる、農村風景の中に私は居た。
両脇を畦道に挟まれた、舗装されないままの地面を歩く。
此処は何処なのだ。
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