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王国にとってハンベエの存在が有用で有れば手を握って共に歩むし、危険となれば敵対に変わる。そこに好悪の情は無い。
(乱が起こって、世が乱れる方向に向かう時には力が翹望されるが、終熄に向かう時には危険な力は抑え込む事が必要になって来る。モルフィネスは今それを為そうとしたのであろう。)
その一方、だとすれば、俺を除こうとする策謀が中途半端だ。二の策、三の策を何故打って来ない。
(奴にも、迷いが有ったという事か。)
冴えきらない思案の中で、ハンベエは何となくそう感じた。
殺されかけたのに、怒りも憤りも抱かずに相手の心情に思いを至らせている思考はやはり常人のものではなかろう。或いはハンベエという若者の恐怖心の鈍さに由来するものなのかも知れなかった。
(今回は、こもごも油断、不用心が過ぎていたが、考えてばかりいても仕方が無い。)
一夜明けると、ハンベエは早足で王宮に向かった。無論の事、『ヨシミツ』と『ヘイアンジョウ・カゲトラ』は身に帯びていたが、更に鎖帷子手甲脚絆の装備も怠らなかった。羮に懲りて膾を吹くのきらいも無いではないが、余程この度の不用心が応えていたらしく、緩んだ捻子が巻き直されたらしい。
王宮の門まで来ると、門衛がハンベエに気付いて声を掛けて来た。
「総司令官、モルフィネス総参謀がお待ちのようですよ。」
「へえ。」
とハンベエは無表情に答えた。瞬時に王宮の内部の気配を探ったが、特にハンベエの五感に異常を感じさせるものは無かった。平穏そのものである。モルフィネスがハンベエを抹殺しようとした策動した事は愚か、パタンパでハンベエが貴族一統を皆殺しにした事など王宮に駐屯する兵士達の大部分は露ほども知らぬらしい。
「モルフィネスは何時もの執務室か。」
さり気なく周囲に警戒の気を配りながら、ハンベエは門衛に尋ねた。
「そのはずです。総司令官を見掛けたら、待っていると声を掛けるよう頼まれていました。」
「そうか。」
(全く太い神経だ。以前よりも太々しくなって来てる気もするな。)
とハンベエは少し可笑しくなって、口許が緩んでしまった。
門を潜って、建物の中に入る。モルフィネスが居るであろう彼の執務室に向かう。神経を研ぎ澄ませて進んで行くが、待ち伏せの気配は無い。
程なく、モルフィネスの執務室に前まで来てしまった。気配から、執務室の中にはモルフィネス独りが籠もっているらしい。
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