二百八十 綺麗は汚い 汚いは綺麗

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二百八十 綺麗は汚い 汚いは綺麗

 ドルバスへの報告の後、ハンベエはその陣屋で衛生兵の手当を受けた。手足に石礫による痣が何カ所か出来ており、肩、腕、胸と至る所に浅い傷を負っていた。が、動きに支障を来すほどの傷は一つも無かったのは、幾度にも渡って剣の林を潜ってきた経験の功徳であったろう。  その日は大人しくその陣屋で寝て過ごし、翌朝ゲッソリナの王宮へ向かった。  おっと、早朝何時もの鍛練、『ヨシミツ』を抜いての真剣の素振りを欠かさずに行った事も付け加えておく。慣れない武器で闘った直後故か、愛刀の馴染み具合がひたすら心強く感じられ、安易に手放した愚かさにハンベエはゾッとした。  今回も死を免れた。ハンベエも未熟であったが、敵の方が尚未熟であり、相対的結果としてハンベエは生きている。かつハンベエには僥倖があった。キーショウの弓の弦が切れなければ、ハンベエの命が有ったかどうか怪しいところであった。  かつて、師フデンから常々感じていた曰く言い難い盤石の強さには程遠い・・・・・・と改めて思ったハンベエであった。  ドルバスに貴族達と諍いを起こして、皆殺しにしてしまった事は報告したが、背後のモルフィネスの策動の件については、毛ほども出さないで置いた。  パタンパへの往路も何時ものこの若者に似ぬだらだらとした遅い歩みであったが、ゲッソリナへの復路も又妙にふわふわとしたゆったりとした歩みであった。馬は『キチン亭』に預けてあった。急ぐなら、ドルバスのところで借りられぬものでもなかったが、敢えてハンベエはゆっくりと歩いて戻った。  二日後の夕刻にゲッソリナに戻ったハンベエは『キチン亭』に向かい、何時もにも増してノンビリと湯に浸かり、疲れを癒やした。  あの後、とハンベエは考えていた。パタンパで貴族一統との闘いを終え、キーショウ達が去った後である。 (俺の身辺を探っている者の気配は全く無かった。)  モルフィネスが俺を除こうとしているなら、その後も眼を放すはずは無いと思うのであるが、その気配は全く感じられない。  まさか、今回の失敗で諦めたのか・・・・・・ハンベエは大きく首を捻った。  未だに自分を抹殺しようとしたモルフィネスへの怒りが湧いて来ない。不思議と言えば、不思議な心模様であるが、ハンベエ自身にとっては強(あな)ち不思議な感情ではない。元々、モルフィネスとの関係はそう言うものなのである。  モルフィネスのハンベエへの敵意は、元々の経緯(いきさつ)が全く無いわけでもないであろうが、根底にはモルフィネスのゴロデリア王国への忠誠心があり、そこから生じたものだとハンベエは感じているのである。
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