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二百八十二 ドン・キホーテ・ラ・マンチェ(後編)
キューテンモルガンとヒルネーは『キチン亭』の一室にいた。ハンベエの下を辞して城外の自分の所に戻って来たヒルネーの説明を聞いたキューテンモルガンは、実はハンベエの身には全く危難が迫っていないという実情を説明され、ハンベエを担ごうと一種ウキウキとゲッソリナまで飛んで来たのはとんだ早計であったと後悔を始めていた。こうなっては、ハンベエと面会しても間抜けな話になるだけで良い事は何も無い。だが、ハンベエに『キチン亭』で待てと言われた以上、このまま自軍に立ち帰っては有らぬ疑いを生ずるかも知れない。最早俎板の上の鯉とキューテンモルガンは腹を括って『キチン亭』に入った。
ハンベエを待つ旨を主人に伝えると、部屋を案内された。
そして、そこでヒルネーを複雑な目で見ながらハンベエを待っていた。
(此奴さえ、早まってハンベエに俺の名を明かさねば素知らぬ顔で自軍に戻り、全て忘れて王女軍に恭順する手も有ったのに。ハンベエが俺をどうするか、剣呑だな。)
と思わないでもないが、口には出さない。ヒルネーは善かれと思ってやったのだろう。
「入るぞ。」
突然声がして、部屋の戸が開かれた。
「そちらの御仁がキューテンモルガン殿だな。初めてお目に掛かる。俺はハンベエ。」
そして、背の高い若者がズカズカと入ってきた。
キューテンモルガンはハンベエの容姿を承知している。
立ち上がり軽く会釈をしながら、
「キューテンモルガンです。勇名とお姿は先刻存じております。殊にアカサカ山の麓での戦いで見た馬上の勇姿は今も目に焼き付いています。」
と挨拶の辞を述べた。
ハンベエはキューテンモルガンと、一緒に立ち上がったヒルネーに手で椅子に戻るように示しながら、自分も椅子を取って腰掛けた。三人は円卓を囲んだ。
「俺の身を案じてくれたという事で、何だか照れるぜ。」
とハンベエはキューテンモルガンに笑みを向けた。悪い印象は今の所抱いてないようだ。
「いや、正直に申し上げる。勿論、御身を案じたのは嘘では無いが、本心は貴殿を担いで遅ればせながらゴロデリア王国の内乱に名乗りを挙げようと野心を懐いたのですよ。王女軍筆頭の貴殿が内部抗争に敗れたのならばこれ幸い。貴殿を抱き込めば、その武略と王女軍兵士に対する影響力、二つながら手に入り、今からでもゴロデリア王国の簒奪も可能であると。だが、ヒルネーから聞いた話では貴殿の逮捕は全くの茶番、宛が外れて赤面の最中です。」
キューテンモルガンは少し捨て鉢気味に言った。王国の簒奪、聞くも空恐ろしい野心を敢えて生々しい言葉で曝け出したのはどういう神経なのだろう。
「俺を担いで・・・・・・。それは残念な事だ。俺にはゴロデリア王国に対する野心は無い。」
「そうあっさりと言われるが、今のままで自分の身は大丈夫と言い切れますか?」
キューテンモルガンはハンベエを射るように見詰めた。
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