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「なあに、ワシはまだいっぱい持っているので、気にすることはないぞよ。それよりもまず、これからの修業につき一つだけ注意をいたす。人を斬るにつき、最初の十人、とりわけ、始めの一人二人は極々弱い相手を選べ。こんな者を斬ったところで何の自慢にもならぬ、赤子の手をひねるよりなお易い・・・・・・と思えるほどの相手にしておけ。間違っても腕試しに丁度よい、相手にとって不足はないなどという相手とは戦わぬようにな。真剣勝負の世界じゃ、負けたら次はないからの。人を斬る事がある程度解るまでは、構えて慎重にな。後は特に申す事はない。ワシが授けたヒョウホウをもって正義のために戦おうと悪の限りを尽くそうと自由じゃ、そちの思うままに生きるが良い。では、行くが良い。さらばじゃ。」
「お師匠様はなんとなされるのですか。」
「ワシか、ワシは後は塵芥に帰するのみじゃ。」
突然の師の申し渡しにハンベエは驚き、まごついたが、敬愛するフデンの申し渡しに逆らうことはできない。このまま師と別れる事に寂しさを感じながらも、金貨が入っている皮袋を懐にねじ込み、腰に師からもらった名刀『ヨシミツ』を腰にさすと、玄関口で深々と頭を垂れて、
「何から何までありがとう御座りました。では、ハンベエ参ります。お師匠様も何卒ご自愛下さい。」
と言ってキビスを返すと、スタスタと歩き始めた。
ハンベエは突然の別れに涙がこぼれそうであり、後ろ髪引かれる思いであったが、師のフデンは『泣き虫』、『グズリ虫』の大嫌いな男であった。ハンベエは臍下丹田に力を込め、奥歯を噛み締めて足速に歩いた。どこへ行くとも考えもせず、ただ何かに憑かれたようにひたすら歩いた。
こうして兵法者ハンベエは乱世にその第一歩を踏み出したのである。
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