序章

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 荒れ果てた大地には肉を焼く煙の悪臭が立ち込め、空は赤白く濁っていた。  そこらかしこに焼け残った人骨や鎧、すすけた刀剣類が、残る無念を露骨に示して天をにらんでいる。  人どころか、虫さえもが飛ばないその地に、あろうことか一つ、動く人影があった。  それは一人の男だった。生き残ったその男は、擦り傷火傷、煤にまみれた顔を苦痛に歪ませ、頭を低く地面を這っていた。  その目に宿る光はしかし、蛍の光のようで、見渡す限り地平線を歪めるものがないようなその地を、生きして進むだけの力はないように思えた。  煙を吸わぬよう口にあてる片手が震え、持っていた端布を取り落とした。布は運悪く拾う前に風に吹かれ、火の中に落ちて塵と消えた。男は煙を直に吸い込み、その呼吸を乱す。彼の生命力はもはや風前の灯だった。  男は、苦痛に歪んだ顔をゆるめた。震える手で懐をまさぐり、小さな赤い布袋を取り出した。  次第に苦しくなる呼吸のせいか、胸を詰まらせながら紐解くと口から赤い半球型の透明な石が転がり落ちた。その石は火に当たって太陽のように光輝いた。  「すまない……約束は、守れなかったな…………」 男は咳き込みながら笑顔で呟くと、 あとは静かに石を眺めていた。 男の目尻が赤く強く、輝いていた。
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